やすりの技、猫が喜ぶ「ねこじゃすり」
呉高専の力生きる【地域と産業 第3部・産学連携<4>】
やすりの産地として圧倒的なシェアを誇る呉市仁方地区。2018年の国の統計でも出荷額全国1位の広島県産やすりの大半を製造するが、表面の突起を刻む「目立て」職人の高齢化は重い課題となっている。
▽猫の舌に近いから…
各社とも活路を模索する中、創業約130年の老舗ワタオカ(仁方西神町)が売り出した「ねこじゃすり」は、近年話題のヒット商品となった。猫をなでる長さ20センチ余りの棒状の道具。なでると猫がうっとりとするのは、やすりの技を生かした表面のざらざらが、毛繕いする猫の舌に近いからという。
「樹脂製ならではの優しいデザインもポイント。うちの技術だけでは決してたどり着けなかった」と社長の綿岡美幸さん(47)。市内の呉高専との連携が大きな力となったという。
母に続いて家業を継いだ綿岡さんが樹脂素材に目を向けたのは、社長に就く前の13年ごろ。最初は野菜や果物をすりおろす、カラフルなキッチン用やすりを構想した。伝統の技を商品開発に生かしつつ、目立てを省き、型で量産できる樹脂製の可能性を探った。
ところが、樹脂の硬度を高める添加剤のために色は黒くなり、食品加工に使うには安全性の問題も浮上。「失敗作」が手元に残る中、ふと、飼い猫をなでてみたのがヒントになる。
▽ペット用を発想
もだえるように気持ちよがる姿を見て「これだ」。ペット用品に発想を切り替え、15年から開発を本格化。サンプルを作ってはモニターに試してもらい、改良を重ねた。
試行錯誤のサンプル作りに活躍したのが、呉高専が地域貢献のツールに位置づける3Dプリンターだ。授業や研究に用いる傍ら、学内の協働研究センターを窓口に、地元企業などのニーズにも対応する。ワタオカの依頼に応じた当時のセンター長で、現在は大和大(大阪府)教授の山脇正雄さん(66)は「複雑な型を毎回作ることなく、データから直接、手早く成形できる3Dプリンターの強みが発揮された」と振り返る。
解像度の高いプリンターで成形を担った建築学分野の間瀬実郎教授(57)は「データ量があまりに大きく、他では経験のないエラーが出たこともある。やすりの目がいかに複雑、繊細かを知った」と言う。
デザインを練り上げたねこじゃすりは、量産用の型取りを経て、17年冬に発売。1年目から5万本を売り上げ、定番化した。地場産業の将来に明かりをともしたヒット商品は、産学連携のたまものでもある。(道面雅量)=第3部おわり